東京地方裁判所 昭和41年(ワ)2573号 判決 1968年3月16日
原告
依田雅美
被告
藤田健
主文
被告は原告に対し、金四五六、〇〇〇円およびこれに対する昭和四一年四月二四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は、仮りに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、主文同旨の裁判を求め、その請求原因として、
一、昭和三九年一二月一四日午後零時一〇分頃、東京都板橋区二、〇六〇番地先の通称徳丸街道のバス停留所附近において、原告が、中仙道方面から川越方面に向つて停車中のバスから降り、その前方道路を左から右に横断中、折柄徳丸街道を該バスの右側方を同一方向に向い時速二〇キロメートルで進来した被告運転の自家用大型貨物自動車(登録番号埼一せ四七九五号以下被告車という。)の左車体部に接触されて転倒し、よつて加療三カ月半を要する脳震盪症、後頭部挫創、右鎖骨、右上腕骨各骨折の傷害をうけた。
二、右事故現場は路線バスの停留所附近であるばかりか、その前方には交差点があり、しかも当時対向車はなかつたのであるから、このような場合被告は自動車運転者として、停車して乗降客の扱いをしているバスの直前を左から右に道路を横断しようとする者のあることを予期すべく、これとの接触事故等をさけるため、できるだけバスとの間隔を保ち徐行し、状況に応じて警音器を吹鳴して自車の進行を横断者らに知らせる等の措置をなし、もつて事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、現に乗降客扱い中のバスを認めながら、単に時速二〇キロメートルに減速しただけで、バスとの間隔を充分にとらず、警音器も吹鳴せず、前方の安全を充分確認しないで進行した過失により、本件事故を惹起したものである。
三、原告の蒙つた損害は次のとおりである。
(一) 入院費等の支出金二四〇、〇〇〇円
原告は、本件事故による前記傷害を治療するため、事故発生当日から昭和四〇年六月二五日までの間に、入院費、医療費、看護婦代、交通費および雑費として合計金二四〇、〇〇〇円を支出した。
(二) 精神上の損害 金五〇〇、〇〇〇円
原告は事故発生当時一五才一一月の女子高校生であつたが、事故直後から昭和四〇年二月二四日まで(入院期間七二日)訴外安田医院において入院加療をうけ、同年三月二日からは訴外京浜病院に通院して加療したが、同月二〇日接骨神経剥離術をうけるため同病院に入院し、同年四月七日まで(入院期間一八日)加療し、その後同年六月二五日まで同病院に通院して治療をうけた結果、その頃外傷はほぼ治療したものの、なお今日に至るも(イ)右上腕に痛みや引きつり等の頑固な神経症状が残り、身体の右側を下にしては寝ることができず、やむなく左側を下にして寝るようになつたが、心臓が圧迫されるため非常に寝づらく、(ロ)右上腕部に大きな傷痕が残り、後頭部にも傷痕が残つているほか、鎖骨に畸形を残すに至つたが、長期間治療に専念したため学業成績も急激に低下したばかりか、右傷痕、畸形のため、夏季薄物を着る際には、これを隠すすべもなく、また将来結婚も危ぶまれる状況にあり、女性として原告の蒙つた肉体上精神上の苦痛は甚大であるからこれを慰藉するには金五〇〇、〇〇〇円が相当である。
(三) 逸失利益 金五〇五、五三〇円
原告は昭和二四年一月一七日生まれで、事故発生当時一五才一一月の女子高校生であつたから、その余命は少くとも五六年あり、もし本件事故にあわなければ、二〇才に達した時から四〇年間は、平均月収一六、八五一円(五人以上の従業員を有する全産業の昭和三八年度における女子の平均月収)を得、総額で、八、〇八八、四八〇円の収入を得ることが出来たはずであるところ、前記(イ)(ロ)の身体障害を残すに至つたので、これによりその労働能力の少くとも二割を喪失した筋合((イ)はいわゆる労働能力喪失表の一二級一二号に、(ロ)は同表の同級一四号にあたるから、全体としては、同表一一級に該当する。)であるから、右八、〇八八、四八〇円の二割にあたる一、六一七、六九六円の得べかりし利益を失い、同額の損害を蒙つたことになるので、これをホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除し、事故時における現価に換算すると、五〇五、五三〇円となる。
四、原告は被告車の保有者である星野正己からいわゆる強制保険金三〇〇、〇〇〇円の支払をうけ、右損害の一部は填補されたから、これを控除すると、被告の賠償すべき残額は九四五、五三〇円となる。
五、よつて原告は被告に対し、右残額の内金四五六、〇〇〇円およびこれに対する昭和四一年四月二四日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。なお、右内金は、各損害の項目のうち、いずれからでもその合計額が右金額に満つるまでを請求するものである。
と述べ、〔証拠略〕、を援用した。
被告は請求棄却の判決を求め、答弁および抗弁として「原告主張の請求原因事実一のうち傷害の程度の点を除き、認める。同四のうち星野正己が被告車の保有者であることは認める。その余の事実はすべて不知。仮りに本件事故が被告の過失により発生したとしても、当時原告は路線バスの直前を横断する際、左方のみ見、右方の交通の安全を確認しないで横断しようとしたもので、本件事故の発生については原告にも過失がある。」と述べた。
原告訴訟代理人は「被告主張の過失相殺の抗弁事実は否認する。」と述べた。
理由
一、原告主張の日時場所において、原告が中仙道方面から川越方面に向つて停車中のバスから降り、その前方道路(通称徳丸街道)を左から右に横断中、折柄該道路をバスの右側方を川越方面に向い時速二〇キロメートルで進来した被告運転の被告車の左車体部に接触されて転倒し、よつて傷害を受けたことは当事者間に争がなく、〔証拠略〕によれば、その傷害の程度は、加療約三カ月半を要する脳震盪症、後頭部挫創、右鎖骨・右上腕骨各骨折であることが認められる。
二、〔証拠略〕によれば、本件事故現場は、歩車道の区別のない幅員約一〇・七メートルのアスフアルト舗装路通称徳丸街道上の路線バス六道の辻停留所の概西方一〇メートルの道路中央であつて、事故現場はまた南方下赤塚方面に分岐する道路と北方成増駅方面に分岐する二条の道路と徳丸街道との形成する五差路のほぼ東側にあたること、徳丸街道は交通閑散であつて、その見とおしはよいこと、当時被告は被告車を運転して時速約四〇キロメートルで徳丸街道を川越方面に向い西進中、前方同一方向に進行中の路線バスをその後方約二〇〇メートルの距離で発見したが、まもなくバスは六道の辻停留所に停車し、乗降客の扱いをするのを認めたので、その後方二〇メートル位の地点から、いわゆるセコンドギヤに入れ時速二〇キロメートル程度に減速し、バス車体右側から数メートルの間隔を保つ道路中央部附近に進路をとり進行中、バス車頭から七、八メートルの地点で、バツクミラーを見た除、黒い物が写つたので、急停車の措置をとつたが、四メートル余滑走して停車したこと、黒い物が写つた時、本件事故を惹起したものであることをはじめて知つたこと、一方原告は当時通学していた志村高校からの帰途で、前記バスから降り、その前面を斜によぎり、北側(川越方面にむかつて右側)に横断しようとして歩き始め、まず左方(川越方面)の交通の安全を確かめたところ、東進する車両はなかつたので、次いで右方(中仙道方面)を見たところ、その頃道路中央部附近よりもやや北側(道路南側端から約六メートル)の地点に達していたものであるが、至近距離に被告車が迫つており、かわす間もなく右肩部附近にその左側荷台前部が接触したことが認められる。
右事実によればこのような場合被告は自動車運転者として、停車して、乗降客扱い中の路線バスの前方道路を左から右に横断しようとする者のあることを予期し、できるだけ道路中央線によつてバス車体右側との間隔を保ちながら、進路前方特に左前方の交通の安全を確認しつつ、徐行するか、或いはバス車体右側と自車との間隔が二メートル未満になるような場合には、警音器を吹鳴したうえ、左前方の交通の状況を特に注視しながら徐行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、僅かに車速を時速二〇キロメートル位に減速し、かつバス車体右側と数メートルの間隔を保つただけで進行した過失により本件事故を惹起したことが明らかである。
三、被告は、当時原告は路線バスの直前を横断する際、左方のみ見、右方の交通の安全を確認しなかつたから、本件事故の発生について原告にも過失がある旨主張するが、前認定のとおり、接触地点は停車中の路線バスの前方七、八メートルの所であるから、これをもつていわゆる車両の直前横断とはいえないし、その際原告が左方だけを見、右方の交通の安全確認をしなかつたと認めるにたりる証拠はないから、被告の右主張は採用しない。
四、原告の蒙つた損害
(一) 入院費等の支出
〔証拠略〕によれば、原告は本件事故による前記傷害を治療するため、事故発生当日から昭和四〇年六月二五日までの間に、入院費、医療費、看護婦代、交通費および雑費として合計金二四〇、〇〇〇円を支出し、同額の損害を蒙つたことが認められる。
(二) 精神上の損害
〔証拠略〕を綜合すると、原告は事故発生当時一五才一一月の女子高校生であつたが、事故直後から昭和四〇年二月二四日まで訴外安田医院において入院加療し、同年三月二日からは訴外京浜病院に通院転医したが、同月二〇日撓骨神経剥離術をうけるため同院に入院し、同月二六日針板抜去術をうけ、同年四月七日に至つて退院し、その後同年六月二五日まで同院に通院加療した結果、その頃には外傷はほぼ治療したものの、右鎖骨に沿つて手術瘢痕を残し、右上腕部にもかなり目立つ手術瘢痕を留めたほか、撓骨神経麻痺し、肩関節は軽度ながら挙上制限をうけ、その後もながく、右側臥するときは疼痛を覚えるため、左側臥で就床するのやむなきに至つたが、心臓部の圧迫感のため安眠できなかつたこと、長期間治療に専念したため学業成績も低下したばかりか、前記瘢痕のため、夏季も上腕部、肩部、上胸部を露出する衣裳または薄物を着用することができなかつたこと、さらに現在も降雨の日には患部に痛みを覚えることが認められ、既往および将来にわたる原告の肉体的精神的苦痛は甚大であると推認されるから、この慰藉料として金五〇〇、〇〇〇円が相当である。
(三) 逸失利益
〔証拠略〕によれば、原告は事故発生後二年余を経過した頃の高校卒業期に就職試験を受験した際、本件事故による受傷のため二、三の受験先で不採用となり、就職の機会を失つたが、実父の縁故により訴外通称帝国ヒユーム管株式会社に採用され、現にタイピストとして稼働しているが、前記後遺症のため、疲れやすく、いわゆる残業等をなすことができず、同僚に比べて労働能力が低弱したことは明らかである。尤もその低弱の程度の上限を確定することは困難であるが、弁論の全趣旨によれば原告の現在の就職先においては、ある場合には残業は業務命令上の必要的労働であること、月間数時間は職種上残業をしなければならないことが推認され、他方昭和四一年度における統計年鑑によれば東京都における女子労働者は概ね二五、六才に至り結婚するまでは稼働することが明らかであるから、原告も概ね二五才に達するまでは稼働するものと推認されるから、原告が右年令までにうける労働能力低弱によるうべかりし利益の喪失合計金額を昭和四一年四月二四日(本訴請求における原告主張の遅延損害金起算日)当時における現価(ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を年毎に控除)に引き直すと、一六、〇〇〇円以上であることは明らかである。
よつて本件事故により原告の蒙つた損害は、少くとも前記(一)ないし(三)の合計七五六、〇〇〇円に達するから、原告が被告車の保有者星野正己からいわゆる強制保険金三〇〇、〇〇〇円の支払をうけ、損害の一部が填補されたと自陳する金額を控除しても、被告に対し内金四五六、〇〇〇円およびこれに対する前記起算日である昭和四一年四月二四日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 薦田茂正)